インバウンドを呼び込む ― 歴史・ロマンの旅とアグリトゥーリズモ ―

安間匡明 大和証券 顧問

安間匡明

 福井を訪ねる縁が始まってもう15年になる。神奈川の育ちの私だが、福井が好きだ。冬に県大の講義で訪れれば、解禁を待って三国で蟹も食べる。えちぜん鉄道に乗ると、晴れた日には車窓から福井平野に広がる田畑。いろんな色合いが滲んできて美しい。風景に気持ちが寛ぎ、和やかになり、そのまま三国で風呂に入り休む。夏は地魚もいい。日本酒が好きだから、県内あちこちの居酒屋や酒蔵に何軒も廻った。小さな蔵は楽しみだ。どれも旨い。

 老母を連れてきたこともある。あちこちと廻った。永平寺、一乗谷、丸岡城、吉崎御坊跡、真名川ダム、白山神社、雄島、東尋坊、越前松島、越前海岸、越前岬水仙ランド、恐竜博物館など。母は福井地元の人々との会話をとても楽しんだ。忘れていた日本史の痕も豊富にあって、ひとつひとつが面白い。越前大野城はまだなのでこれから楽しみだ。

 ところが、福井は2017年の都道府県別の外国人訪問数調査ランキングで第45位(訪問率0.2パーセント)、島根や高知に次いで3番目に低かったと聞く。福井にはたくさんの魅力があるはずなのにどうしてなのだろう。

 そこでインバウンド(訪日外国人旅行)対応を提案したい。アジアを含めほとんどの外国は、歴史やその秘話が好きだ。日本史のなかに位置づけられる福井に外国人は引寄せられるはずだ。とすれば、例えば、5世紀まで遡り、越前育ちの大迹部皇子(おおどのみこと=第26代の継体天皇)にも一役ご登場頂いてはどうか。最初の舞台は、いまの越前市味真野になるはずだ。その頃の皇室の祖先の系譜を簡単に説明し、朝鮮半島から持ち込まれた文化芸術の歴史や当時の百済との関係などにも触れることができる。そして、10世紀初めの滅亡まで続いた渤海国との文化交流の歴史は敦賀にも残ると聞く。渤海と唐の関係改善後には、ほぼ詩文の交換のためだけに続いた200年にもわたる渤海と日本の交流の歴史がある。なんとおおらかな時代だろう。

 外国人の多く、なかでも女性はラブストーリーが好きだ。継体天皇の若き日の恋人・照日前にも登場してもらってはどうだろう。継体天皇が即位した大和の地で、照日前は、天皇の行列に出くわすものの、彼女が大事にしていた花籠は打ち落とされてしまう。照日前が若き日の皇子を思って謡い舞うさまは誰にとっても感動的なお話に違いない。照日前のイメージを理解してもらうために、上村松園の『花筐』(=花籠の意)の絵(レプリカでも良い)を見てもらい、日本画と日本女性の素晴らしさを説明しよう。そこには、女性の美しさと恋に苛まれた狂気がうごめいている。そして、次は『花筐』を書いた能の世界。世阿弥の登場だ。これを舞台か映像で再現できるはずだ。こんなふうにしてロマンのある歴史ドラマは描ける。

 蟹や地魚を食べさせてあげたいなら、三国に行って、継体天皇が大きな湖から農地を切り開いた話で繋ぎ、三国神社に参ってもらおう。安島の雄島には、継体天皇の母の祖先である磐衝別命(いわつきわけのみこと)を祀る大湊神社もある。ロマンをさらに加えたければ、味真野に行く際に万葉集に触れよう。京都から流される中臣宅守と 京都で彼を思う狭野弟上娘子にもご登場頂き、相聞歌についても解説する。福井の地で万葉の世界をロマンチックに語るのだ。

 もうひとつ。ヨーロッパで日本人に最も人気のある観光地であるイタリアから学べる気がする。具体的には、イタリアのアグリトゥーリズモ(英語ではアグリツーリズム)を日本風にアレンジするのだ。イタリアでは、1960年代半ば頃から始まったそうで、自然豊かな田園地帯の農家にじっくりと滞在して家主と語り合いながら、地元の料理を頂き、時に農家の作業を見学・体験することも含む贅沢な旅のことを言う。アグリトゥーリズモは、伝統的な食文化や食材を見直す「スローフード」運動や、地元産品を奨励し生活の質を求めてゆっくりと暮らす「チッタスロー」の運動とも密接なかかわりをもつとされている。これを日本人向けよりもむしろ外国人向けに福井でおこなってみてはどうだろう。とみつ金時、上庄里芋、越のルビー、らっきょう、若狭牛、越前がれいなどの地元食材をさまざまにアレンジして料理をふるまう。素朴な農家民宿のスタイルでも良い。また、宿泊施設をモダンにするために、古民家を改装したデラックス版も良いと思う。これなら、平野・山間のどこでも、自然のそのまま残る集落でもよい。

 地元の福井県民からしたら、何とも思わないような日常的な景色にも意外と外国人は魅せられることを私たちは案外気づいていない。そもそも外国人とは真の心のコミュニケーションが欠けていることが多いからだ。外国人旅行客の立場に身を置くと見える世界が違ってくるのだ。

 ひとつ重要なのは、若い人たちがプロデューサーとして主役になり、顧客外国人との接点に入ることだ。お年寄りだけでは、外国人の世話はできない。間に入るコミュニケーションを支
えることで、外国人も寛げるし、お年寄りも安心して世話ができる。

 これ以外にも、福井は、外国人旅行客をもっと惹きつけられるプランがあると思う。現にそれだけのコンテンツがある。なぜなら福井にはずっと人が暮らしてきたからだ。やはり、「その土地にまつわる歴史」と「いま眼の前にいる人々の生の生活」だと思う。そして「伝統ある歴史」と「現在の生活」を繋げるあつらえが重要だ。そして、インバウンド観光客の大半はリピーターがターゲットだ。彼らは、東京はもちろん、大阪・京都・金沢だけでは満足できない。なぜなら、そこでは歴史的に著名な観光名所はあっても、自ら個人的に体験・実感することは意外とできない。ましてや、現代の日本人の生活に肌で触れる体験は簡単には手に入らない。外国人に日本の歴史のことをわかりやすく話すと本当に誰でもみな興味を示す。ただ、外国人は長い日本の歴史に詳しいわけではないので、史実を単純に並べて説明しても興味を惹かない。その出し方使い方が重要で、「ものがたり」にすることが大事だ。外国人・他県出身者に意見を聞くにしても、この制作プロデューサーの仕事は、福井県の出身者が自ら担わなくてはならない。

 あんま・まさあき 1960年大阪生まれ、本籍は神奈川県。相模原市で小中高時代を過ごし京都大学卒業後、1982年日本輸出入銀行(現株式会社国際協力銀行)入行。英国留学、世界銀行理事室出向、大阪副支店長、経営企画部長、企画管理部門長等を経て、2017年取締役を退任。現在、大和証券株式会社顧問。2005年より福井県立大学にて講師・客員教授を務める。専門はプロジェクトファイナンス、インフラの官民連携(PPP)。

※この欄は「福井の幸福を語ろう ふるさとへの提言」(中央経済社刊)から一部抜粋したものです。全文を読みたい方は同書をお買い求めくだい。